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■琳派を生んだのも育てたのも実は徳川家康だ!誰も言わない美術史。その、

[ 2018-12-24 ]

岩佐倫太郎さん 美術評論家/美術ソムリエ からの投稿です。

名残りの紅葉もあらかた散ってしまいましたが、画像は去る11月末の京都・修学院離宮。この時期はまず無理、と言われていた抽選に運よく当って、出かけたものです。一番標高が高いところにある「浴龍池」から見るランドスケープは、さすがに眺望絶佳。ちなみに真ん中の緑濃い小山は、宮内庁所有の横山。遠い連山は、鞍馬や貴船あたりでしょう。

この離宮は後水尾上皇の山荘として1659年ころに完成したもので、造園的にはザックリした素人的なところもありながら、上皇の天下を睥睨するような気宇の大きさが窺えて、見どころの多い庭園です。







ところで、なぜこんな都の中心から離れた僻地に後水尾上皇(この時は天皇から上皇になっていた)は別荘を築こうとしたのか、身分に恵まれた経済的に裕福な人の単なる贅沢と言うだけではあるまい。

僕はこの写真を撮った茶室の庭に立って、上皇の胸の内を推しはかってみました。かつて京都の街中を二条城から御所へと何度か歩いてみて、僕は「パノプチコン」という言葉に思い至りました。
パノプチコンとは囚人環視のための装置で、ドーナツ状の居室が並んで中央に監視塔のある刑務所です。二条城と御所。両者の距離は、格子状に区切られた京の街並のブロックを、10個ぶん行ったくらい。最短の直線距離だと800メートルくらいでしょうから、至近なんです。しかも当時は天守閣がそそり立って、睨みを効かせていました。
つまり皇室にとっては、いつも徳川家の監視の目が光っているようなところに住まわされていた。まるで囚人のように。逆に徳川としてみれば、そのつもりで二条城の立地を決め、何千軒もの民家を立ち退かせて、その場所に城を新築したわけです。徳川家にとっては皇室の一体的イメージを諸大名にもPRする狙いもありました。



さすがに気位の高い上皇にとって、家康の孫娘を中宮に迎え妻の実家から多大な資金援助を受けているとはいえ、近くにへばりつく二条城の徳川の存在は、まことに目障りな疎ましいものだったに違いない。
それでその眼を逃れ息抜きのため、妻にねだって徳川の金で造営したのがこの修学院離宮ではないかと僕は思っています。



さて、後水尾天皇に輿入れした家康の孫娘の話です。名前を和子と書いて「まさこ」と読ませます。皇室に入内させるのは、家康存命の時から画策されていましたが、天皇も徳川家の露骨な狙いは先刻ご承知なので、おいそれとはその手に乗らない。すったもんだがその後続きまして、和子の入内が叶ったのは、家康の死後、1620年のことでした。

さあ、この和子の入内のあたりから琳派の話が始まります。後水尾天皇に嫁いだ和子が、琳派の隆盛と大きくかかわり、尾形光琳・乾山と言う天才的なアーティスト兄弟を生み出す原動力となります。つまり徳川家の富が、日本美術史に輝く琳派を養い育てた!紅葉の修学院離宮を眺めながら、そんなことに思い至ったわけですが、長くなるのでそのあらましは次回に(つづく)。

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