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■琳派を生んだのも育てたのも実は徳川家康だ!誰も言わない美術史。そのあ

[ 2019-01-28 ]

下の画像は、「新発見 洛中洛外図屏風」(青幻舎 狩野博幸著)の一部です。描かれているのは1620年6月、徳川家康の孫娘である和子(まさこ)が、入内した時の豪壮華麗な盛儀の模様です。和子は二頭の牛が引く壮麗な牛車に乗っていて、屋根には丹念に葵の御紋がちりばめられ、武門が皇室へ嫁ぐ晴れがましさを、これでもかと表現しているように思えます。嫁ぐ相手は、後水尾天皇。のちに上皇となって修学院離宮を作ったその人です。屏風絵のほかの部分を仔細に見て行くと、この盛大なパレード、堀川通を北上し一条戻り橋を渡って、先頭部隊は早くも新設された内裏の南門をくぐって婚礼用品の一式を運び込んでいます。史実的にも美術的にも超一級の資料といえます。







ところで、僕はこれまで「国体」の開会式や「キッズ・プラザ」のような博物館をプロデュースしてきた経験から、この屏風絵を見てとても気になることがあります。それは一体、こんな立派な道具類やイベントの衣装類を誰がどこでこしらえたのか、いつ運び込んだのかという全体のロジスティクスです。牛車のひさしは唐破風(からはふ)に仕立てられ、牛が引く轅(ながえ)や車輪も贅を尽くして漆と金箔に彩られ、供奉者も美々しい服装です。牛車を先導するエキゾティックな装束の奏楽隊や公家たちの輿や駕籠の列。和子の後ろにもまた華麗な6台の牛車。長持ちを担ぐ荷役たちだけでも何十組もいます。



まだ徳川時代の初期ですから、江戸ではとてもこのようなものをつくる能力は無かったでしょう。かといって、京の街中でバラバラに発注したとて、とてもこの物量感はこなせないでしょう。それに第一、噂好きの京雀が黙っていません。そもそもこの葵と菊の婚儀、家康から早くも1614年に皇室に申し入れられてはいたのですが、いい返事をもらえない。まあ、ペンディング状態でじらされていた案件なんです。だからまだ秘匿しておく必要があった。



そんな時、僕の頭に閃めいたのは、この婚儀のパレードと、それとは一見まったく何の関係もなさそうな、本阿弥光悦による「鷹峯芸術村」の開設の一件です。1615年、家康より鷹峯の土地を拝領し、光悦が一族や工人たちと移り住んだと言う話。美術史的には、これを持って琳派の始まりとするのが最近の通説です。ところが前回にも書いたように、この話は美談として出来すぎて、どうも胡散臭い。しかも、鷹峯拝領は、時期を調べると大坂夏の陣が終わって、家康が関東に引き上げるその足で、早くも京都でなされている。夏の陣の論功行賞ならまだしも、たかが職人に土地を下付するのを何故そう急いだのか。何か隠された特別な理由があったのか。



もう読者諸賢は、お気づきのことでしょう。琳派の始まりとされる鷹峯の芸術村は、そんなにほのぼのとした話ではなく、和子入内により皇室の一員となることを目論んだ徳川家の、次世代の戦略を担う秘密工場だったのです、嫁入り道具一式を製造する、今でいえば特定目的会社(SPC)のようなものは無かったか。そう考えた方がすんなりと筋が通って、うまく理解できませんか(つづく)。



岩佐倫太郎 美術評論家

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