会員から

2020年10月05日(月) 投稿者: 事務局 担当者

『最近の米大統領選を巡る動き(2) 大統領候補によるTV討論 21期川原英一』

 

         川原 英一

(元グアテマラ大使/元マイアミ総領事)

 

米大統領選挙候補2名の各種世論調査をまとめた結果(9月29日現在)は、民主党バイデン候補(前オバマ政権の副大統領)がトランプ大統領を50対43で7ポイントほどリードしていた(BBC放送)。

影響力の大きさから、米大統領選に向けて日本のメディアの関心が高まっている。同選挙に先駆けて行われる民主・共和両党大統領候補によるTV討論会は3回に分けて実施される。この討論会の大統領選への影響につき、私個人の印象を以下お伝えしたい。

なお、10月2日、トランプ大統領夫妻が新型感染症の検査で陽性と報じられ、その後、首都近郊の病院に入院(トランプ大統領はビデオメッセージで、念のため入院と発言)しており、ホワイトハウス側近や記者数名が陽性となったと併せて報じられている。1月を切った米大統領選への影響が注目されよう。

(BBC News)

 

「TV討論会とは」

米大統領候補2名による第一回目TV討論会(9月29日)の直前企画として、米主要シンクタンクが「大統領討論会は(大統領選結果を)左右するのか(Do the Presidential debate matter?)」とのタイトルで、米メディアと政治の専門家によるTV討論についての議論をオンラインでしていた(※拙稿末尾脚注を御参照)。この中で、過去の米大統領候補TV討論会が、米国民の投票行動に影響を与え、選挙結果を左右した事例を映像で紹介していて興味深い。なお、9月29日(日本時間9月30日午前)の第1回目討論会を生中継でみたところ、両候補の主張のぶつけ合いで、白熱した議論があったものの、司会者が度々制止を試みたものの、互いに発言中の相手候補を非難、応酬する場面が多く、討論会を見た視聴者は困惑を感じ、勝敗はつかなかったとの見方を米主要メディアが報じていた。

(*参考:BBCによる第一回討論の中継動画サイト)。

https://www.bbc.com/news/live/election-us-2020-54311223

 

  • 大統領候補2名によるTV討論が初めて試みられたのは、1960年のケネディ大統領候補とニクソン同候補に遡る。年輩の方は御記憶におありと思うが、TV写りの悪いニクソン候補が、ステージ上で強いライトを浴び、額から噴き出た汗をハンカチで拭う場面などがマイナス印象を与え、TV視聴者は、ケネディ候補に軍配を上げ、選挙結果もTV討論会の印象どおりとなった。大統領によるTV討論会は、1976年のTV討論会(フォード対カーター)以降、毎回の大統領選で定期的に実施されるようになった。

 

  • 1980年のTV討論では、映画俳優のレーガン共和党候補が、視聴者に向けて親しみある言葉で語りかけ、「現在の暮らしは4年前より、ベターな状況と言えるのだろうか(Are you better off today than 4 years ago?)」の発言は、当時現職のカーター大統領(民主党)の約4年間に、インフレと不況、国内失業・治安、米国外交に対する評価が低下したことなどをTV討論を通じて国民に問いかけて、レーガン候補が勝利を引き寄せたと言われている。

 

  • 過去の米大統領候補の多くが、TV討論会に向けての準備を数か月前から始め、想定質問と回答を事前に用意して、模擬討論も何度も行っていたようである。今回も事前に作成されたメモを読み上げることはなく、プロンプターの用意もない。トランプ大統領は、現職のため、準備を入念に行う時間はないと思われる。但し、ホワイトハウス内で頻繁にある大統領記者会見では、悪意ある記者質問にも素早く、巧みに対応していたとの印象である。バイデン候補には、事前に入念な準備を行う時間があろう。穏健な人柄と評されるが、短期なところもあり、論戦の際、苛立っての失言や落ち着かない素振りなどを見せる場面があれば、影響がでてこよう。

 

(4)TV討論を見てから、どちらの候補に投票するか決める米国民が多いほど、また、TV討論と投票日が近接していれば、討論会での両候補の対応が、より結果を左右する。今年のTV討論会の予定日は、1回目が選挙5週間前、2回目は19日前の10月15日(但し、大統領の病状により中止される可能性がある)、3回目は12日前(10月22日)である。特に3回目TV討論での両候補のパーフォーマンスが、投票行動へ与える影響が注目される。TV討論の終了後、米メディアがどのように討論会の結果を報じるかにより結果に影響があろう。大統領選前から、米主要メディアの中で、大統領発言に批判的報道が多くみられた。選挙報道は結果を左右する重要要因であろう。今後のTV討論会で司会者がどのように仕切るのか、また、両候補への核心をついた質問により、両候補の差を如実に引き出せることになるのも重要ではないか。

 

「メディアとネットの情報戦」

 

TV討論会を見てから、最終投票行動を決める米国民の割合が多いと言われている。他方、ネット情報が溢れる今日では、投票行動が違ってきているのではないかと思われる。討論会後のメディア報道に加えて、SNSなどネット上でも、討論会についての様々な見方が飛び交うことが予想される。 なお、トランプ大統領はツイッター発信に積極的理由は、メディアを介さずに国民に直接メッセージを届けたい為であり、前回大統領選の当時から積極的に発信している。同大統領のツイッターの現在の公称フォロワー数は8千万人規模、バイデン候補は7百万人規模である。

 

「郵便投票の影響」

 

今回選挙は、新型感染症が未だ拡がる中での投票となる。トランプ大統領は、支持者に投票所へ出かけるよう発言をキャンペーンで繰り返しているが、民主党大統領候補を支持する人達の多くは郵便投票となることが見込まれる。米主要紙WSJは、選挙投開票直後には、トランプ大統領が優勢との結果が報じられることにもなろうとの見方を報じている。また、各州により郵便投票の締め切り日が異なり、11月3日の投開票日以降、開票・確認作業などを行い結果が判明するまでに、従来になく日数がかかる可能性は高い。また、選挙集計結果を敗者側が認めず、最高裁まで提訴すれば、予定されている12月中旬までに結果が判明しない可能性がある。過去、接戦となった2000年のジョージ・ブッシュとアルゴア両候補の大統領選では、結果が判明するのに36日かっている。しかし、郵便投票が多数ではなかった当時のことであり、今回は、いつまでに結果が判明するのか明確な答えはなさそうである。

 

「討論会は、大統領としての公約の場」

〇3回のTV討論会の話題は、毎回変わるようである。第一回TV討論は1時間半、一度の中断もなく行われている。質問毎に1コマ15分で、計6コマであった。最近、大いに注目された黒人への白人警官による射殺を契機とした全米各地のデモと暴徒化、警察制度の見直し、新型感染症への対応、米国経済回復、環境、社会保障拡充と増税、郵便投票の評価など国内問題が中心となろうが、脅威が増す中国への対応など外交・安全保障なども3回のTV討論会で議論される。TV討論会が注目される理由の一つは、両候補がTVの前にいる国民に対して公約を明確にする機会であるからとされる。

 

〇トランプ大統領は、前回選挙で公約に掲げたことを着実に実施してきた。貿易赤字削減と輸出拡大による米国内産業と雇用保護、減税と規制緩和の結果、米経済は好調となり、戦後最低水準(3%台)の失業率が今年2月まで維持された。また、米国の雇用に悪影響を与えたとして、NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を行い、自動車分野では米国に有利な内容へ変えている。メキシコやカナダに自主的輸出枠を求める管理貿易手法も導入して、保護貿易との指摘があるが、米国から海外へ進出した製造業の国内回帰につながるとトランプ候補は主張する。また、中国との米・中貿易協議結果、米国ハイテク製品の知財保護の強化、中国金融市場の開放、米農産物・エネルギー製品の輸出拡大などを成果に挙げている。

 

〇8月、民主党大会でまとめられた政治綱領の中で注目されたのは、民主党左派の考えを反映した社会保障の拡充と増税である。また、バイデン候補が属する民主党は、共和党に比して、伝統的に保護主義的貿易政策の傾向にある。今回、民主党バイデン候補は、技術革新・教育・インフラ投資により、米国の国際競争力を高めること謳っている。トランプ候補との政策上の違い、財政への影響などが討論の中で明確になるか注目される。

 

〇選挙公約としてトランプ大統領が就任直後に離脱表明した、先進的な自由貿易・経済統合ルールの取り組みであるTPP11(環太平洋11か国によるパートナーシップ)協定(脚注※※)について、両候補とも米国の当面の優先課題としていない。同協定への米国の早期復帰を期待する日本にとり課題は残る。 

(令和2年10月5日 記)

 

(※)シンクタンク(Brookings)動画サイト:

https://www.brookings.edu/events/do-presidential-debates-matter/?utm_campaign=Events%3A%20COMM&utm_medium=email&utm_content=96076667&utm_source=hs_email

(※※)TPP11 外務省サイト:

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/tpp/index.html