会員から

2020年10月30日(金) 投稿者: 事務局 担当者

『最近の米大統領選をめぐる動き(3)』

(米・英主要メディア報道から垣間見た米国事情)

 

川原 英一          

(元マイアミ総領事/元グアテマラ大使)

(はじめに)

11月3日の米大統領選挙日が近づくとともに、日本での同選挙に関する報道がどんどん増えています。この話題について国内報道と少し異なる観点から、これまで個人的見方をお伝えしています。

今回は、米大統領選が終盤を迎える中、10月22日(金)の夜に行われた現職のトランプ大統領と民主党バイデン大統領候補(オバマ政権時の副大統領)によるTV討論会での注目すべき発言、その後の米主要メディアの報道ぶりを中心に個人的印象をお伝えします。

 

〇米メディアの多くは、反トランプの立場から報道し、バイデン大統領候補寄りの論調を展開していると感じます。ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙やCNNテレビなどが、新型コロナ感染症へのトランプ大統領の対応を批判するバイデン候補の立場を支持した報道ぶりが目立ちます。他方、保守系テレビのFOXニュースは、トランプ共和党大統領候補を支持する立場から、両候補の立場の相違点を具体的に解説・報道していました。バイデンさんは、新型コロナへのトランプ政権の対応が無策で大統領を退くべきだと強烈な批判発言や白人警官による黒人容疑者への過剰対応の背景には人種差別が根強くあり、警察改革が必要との発言について、擁護し強調する報道が多くみられます。他方で、環境重視の立場から、大気汚染の原因となる米国内の石油や天然ガス生産を停止して、再生エネルギー産業の育成に向けた大型投資を富裕層・企業の増税で実施するとのバイデン発言やバイデン候補が副大統領当時、息子のハンターさんがウクライナや中国企業から多額の報酬を受けたとの疑惑は、ほとんど報じないといったことが見られます。

(写真上:英BBC電子版ニュースより)

〇日本の選挙報道とは異なり、米主要メディアは、どちらの大統領候補を支持するか立場を明らかにして報じていることを考慮して、全体の流れを見る必要があります。又、米国では、日本の読売新聞(部数7百万部超)など数百万部の全国紙が多いのとは対照的に、米主要紙でも百万部を超える新聞は、「USA Today」、主要経済紙のWSJ(ウォールストリート・ジャーナル)紙、NYT紙ぐらいしかなく、多くは数十万部程度で地方紙の発行部数です。さらに自分の好みのTV報道やSNS(Twitter, Facebook, Youtube)を専ら見ている人も多い様子です。因みに選挙期間中、トランプ大統領が毎日発信しているツイッターのフォロワー数は8千万人以上であり、他方、バイデン候補のフォロワー数は1千百万人程度です(10月27日午前現在)。

 

第2回米大統領討論会(10月22日)

 

全体で1時間半の時間帯を6つのセッションに分け、司会者からの質問に両候補が2分以内で回答し、その後、反論する機会があるのは、9月末の第1回目討論会の場合と同じです。冒頭の各候補発言中に、相手候補が途中で発言を遮らないようマイクをオフの状態にする新ルールが導入されました。各話題について15分と短く、両候補とも、相手を非難するパンチある発言が多くなります。しかし、今回の討論会では、非難の応酬にとどまらずに、両候補の政策の違いが判る場面が、特にバイデン候補側の発言にありました。興味深いので、例をいくつか御紹介します。

  • 新型コロナ感染症への対応について、バイデンさんは、経済優先ではなく、まず、シャットダウンすること、マスク着用を義務化することを主張し、他方、トランプさんは、コロナと共に生きるべき、経済再生を止めてはいけないとの発言でした。現在、毎日70万件以上の検査が全米で実施されています。バイデンさんの主張どおり、検査をさらに徹底すれば、今でも世界一の米国の感染者数がさらに増えることでしょう。他方、これから再度シャットダウンにより感染を押さえ、その後、徐々に経済活動を再開するというのでは、リーマンショックよりはるかに深刻な米経済の戦後最大の落ち込みが長引く可能性があります。トランプさんからは、ワクチン接種が年内に可能となる、中国が武漢ウイルスを世界に感染拡大させたのが悪いという発言もありました。

 

なお、10月末に公表予定の9月末までの第3四半期の米経済成長率は、現政権と議会とが超党派で決めた経済対策による米企業支援や失業保険への手厚い祖措置もあって、急速に回復、成長する見通しであると米主要経済紙WSJが今月下旬に入り報じています。他方、これら経済対策は9月末に期限切れとなっており、10月以降、追加の経済対策が必要なのですが、米議会下院で多数を占める民主党が追加経済対策と一緒に赤字財政の州政府へ連邦予算からの多額財政支援を強硬に主張し、現政権との折衝は難航しています。10月に入り、コロナ禍で巨額赤字が累積する米主要航空会社などが、人員の大幅削減を発表しており、追加対策をタイムリーに実施しなければ、最悪のマイナス成長であった第2四半期から、大きく反転しつつある景気の先行き不安にもなりかねません。今年3月迄は、トランプ大統領が自らの選挙公約どおり、大幅減税・規制緩和措置を講じて、米景気の好調が続き、失業率も戦後最低水準(3%)で推移していたのとは、大きく様変わりした状況が続いています。

 

  • 環境政策を優先するバイデン候補が、大気汚染の原因となる石油の利用に代えて、太陽光発電など再生エネルギーにシフトするとの発言があり、失言ではないかと一部メディアが注目しました。トランプさんは、バイデンさんの再生エネルギーへの移行案では、エネルギー利用料が高額となり国民生活を圧迫する、他方、これまでの規制緩和により、米国は石油・天然ガスを自給自足できるまで増産され、石油・石炭利用から天然ガスに代えた電力発電量が増えて、米国の大気汚染が改善された(筆者注:最近発表された国際エネルギー機関IEAの報告が、2019年に米国ではCO2の顕著な排出量削減があって世界をリードしたと指摘しています)こと、更には、バイデンさんの発言は、石油産業に依存するペンシルベニア、テキサス、アリゾナなど各州経済と雇用に多大な悪影響を及ぼす深刻な発言(「Big statement!」)だとトランプさんが反論しました。この発言で、石油産業に多くを依存する州知事からバイデンさん発言に懸念の声が出て、バイデンさんは、長期の話しであると討論会の直後に火消し発言をしています。又、再生エネルギー利用拡大に向けたインフラ投資を行うための数兆ドル(数百兆円)の財源についてバイデンさんが主張する富裕層、企業への増税だけでは賄えず、中所得層にも増税になるとのトランプさんからの反論もありました。連邦政府の財政赤字増大には伝統的に厳しい共和党の立場に沿った発言です。

 

なお、バイデンさんは医療保険の拡充や公立(州立)大学学費の無償化などでも連邦政府支援を実施する発言をしていますので、次期大統領となれば、連邦財政の赤字がさらに増大する可能性は否定できないように思います。しかし、こうした観点からのメディア報道が少ないように思います。多くの米メディアはトランプ大統領の人柄が気に入らず、政策論議を二の次にしているのではないかとも感じます。

 

  • 北朝鮮関連で、バイデンさんが現政権の対応を批判したのに対して、トランプさんは、これまでどの政権もなしえなかったこととして、自分は金委員長と個人的に親密な関係を築けた、その結果、核実験は一度も行われなくなったと反論したところ、バイデンさんから、第二次大戦前にナチスドイツと仲良くした米国の事情と相通じるものだとの歪曲した歴史感を述べていました。トランプさんは、独ではなく、独と戦う欧州諸国へ米から武器を供与したと反論していました。民主党を支持するメディアでは、このくだりは報じられていません。論点はまだまだありますが、長くなるので省略します。

 

※注:第2回討論会動画サイトの例:BBC

https://www.bbc.com/news/av/election-us-2020-54650687 (ダイジェスト版)

@FOX TV Newsサイト: 全討論が楽しめます。動画再生19分後から討論が始まります。

https://www.youtube.com/watch?v=nY2AXIx-GU4

 

期限前投票と激戦州

 

米紙報道では、既に約7千万人(10月28日付)が期限前投票をしています。感染症の中で、郵便投票をバイデン候補が呼び掛けており、既に民主党大統領候補支持を決めている人の多くは郵便投票をしたと思います。前回2016年選挙では、約1億3千万人が投票していますが、残った有権者の投票の行方が気になります。

米国50州のうち、毎回の大統領選の際、民主党と共和党の支持がそれぞれ確実な州が多くある中で、注目は、激戦区となっているフロリダ、ペンシルベニア、アリゾナ、ノースカロライナ、ミシガン、ウェスコンシンの6州のようです。人口2千百万人のフロリダ州は、リゾート地として知られ、富裕層・年金生活者、軍人家族が多く、又、元々中南米から移民した米国市民の多いところです。同州の選挙人が29人と全米の中でもカルフォルニアやテキサスなどに次ぐ大票田です。トランプ・バイデン両候補は激戦州各地で遊説をしています。トランプさんは地方空港など屋外での大観衆を集めた集会を開くのに対し、バイデンさんの集会は、感染防止対策から参加者が車に乗ったまま話しを聞くドライブイン方式です。

 

世論調査と開票結果

 

多くの米世論調査各社、メディア(各TV局と新聞社)が結果を発表しており、全体として、バイデン候補の方が、現職大統領より優勢で、その差は10ポイント近いと報じるものが多いようです。しかし、全米世論調査のように結果が出ないのは前回2016年の大統領選でもそうでした。ヒラリー・クリントン(元国務長官)候補は、世論調査でトランプさんより優勢であったものの、各州の選挙人を選ぶ大統領の代理人選挙制度のため、単純に支持票総数で勝っても、全米538人の選挙人の過半数(270人)を確保できずに敗退しました。大半の州ではどちらの党候補を支持するのかが明確です。全米世論調査ではなく、結果を大きく左右する激戦州の世論調査をみた方が、最終結果を予測する上で、より参考になります。

以下、州別の世論調査結果の例を表にまとめました。激戦州といわれるだけあり、両候補の差は僅差で接戦した状況がうかがえます。

 

調査企業

フロリダ

ペンシルベニア

ノースカロライナ

アリゾナ

ミシガン

 

ラスムッセン(注1)

10/2-10/23

トランプ49%

バイデン46

トランプ46%

バイデン50

トランプ 48%

バイデン 45

トランプ 46%

バイデン48

最近時点のもの不明

 

トラファルガー(注2)

10/3-10/25

トランプ48

バイデン46

トランプ 45

バイデン47

トランプ48

バイデン46

トランプ46

バイデン48

トランプ 46.5

バイデン 45.9

 

※但し、各州の世論調査結果の公表日が異なる。

 

注(1)最近のラスムッセンによる州別世論調査;

https://www.rasmussenreports.com/public_content/politics 

同フロリダ州(10月23日公表)世論調査:

https://www.rasmussenreports.com/public_content/politics/elections/election_2020/florida_trump_49_biden_46 

注(2)最近のトラファルガーG世論調査結果:

https://www.thetrafalgargroup.org/

 

◎コロナ感染防止の上から、今回選挙では郵便投票が認められた為、投票しやすくなり前回選挙より投票数が増加しそうです。なお、各州の郵便投票の集計の締め切り期限が、全米で統一されているわけではなく、また、不正がないかチェックをしながらの開票作業なので、結果判明には相当の日数がかかりそうです。2000年のゴア民主党候補対ブッシュ候補による大統領選では、フロリダ州の開票結果が僅差であり最高裁の裁定があり開票36日後に確定しました。今回、トランプ大統領は投票所へ出かけることを呼び掛けており、11月3日開票直後は、トランプ候補が優勢となり、その後、バイデンさんが優勢になるとの見方もあります。 さらには、トランプ大統領が、不正投票を理由に選挙結果を認めず、裁判所に提訴する可能性も懸念されています。1月20日までが現職大統領の任期なので、それまでに決着しそうにない場合、大統領決定を米下院議員が州毎に1票を投票するとの憲法規定があります。米下院の過半数は民主党ですが、州ごとに1票を投じるとなれば、議員数とは異なりますので、共和党に有利な結果となる可能性も指摘されています。

 

(最後に)

今回の大統領選挙の動きを、米・英主要メディアを通じて見て感じるのは、主要メディアが反トランプの立場を明らかにして報道しており、日本の報道もこうした報道が多いように思います。又、各ソーシャル・メディア(SNS)でも、事実かどうかわからない情報を拡散し、対立がさらに助長されて、米国内の民主党支持層と共和党支持層の分断が、いよいよ深まっている様相にも思えます。

世論形成の役割を有する米メディアの多くが、反トランプ色を鮮明にして、経済、内政、さらには外交政策の良し悪しの議論より、トランプさんに比較してバイデンさんの方が人柄が良さそうといった感情に訴え、政策論議は後回しとの側面があったのではないかと思います。

大統領選挙が終われば、国として一つに団結するというのが、過去の米大統領選の良き伝統にも思いますが、こうした良き伝統が今回見られるのか、選挙結果を大いに注目したいと思います。

令和2年10月29日 記)