事務局から

2020年01月17日(金) 投稿者: 移行用 管理者

『第20回「北畠サロン」文化講座が開催されました。広報委員会』

令和元年10月5日(土)13時から北畠会館1Fホールにおいて、第20回「北畠サロン」文化講座が開催されました。
今回は「台頭する大国 –中国をもっと知ろう- 」と題し、一般社団法人 日中協会理事長、中央大学ビジネススクール フェローの服部健治氏(高18期)をお迎えして、ご講演いただきました。


 中国は、今年の10月1日で建国70周年を迎えました。この70年間の後半の40年は「改革・開放の時代」と言われていますが、それはどんなものだったのか。その結果、何が生まれてきたのかを柱としてお話しします。

●中国経済の量的拡大
まず、いかに中国が大きいかを数字から見ます。
GDPと外貨準備高を見ると、現在の中国は日本の3倍近くあります [中国:GDP:14兆2165億ドル/外貨準備高:3兆2356億ドル/日本:GDP:5兆1762億ドル/外貨準備高:1兆2641億ドル;IMF Database:2019年4月/WORLD BANK DATA INDICATORSS:2016年]。GDPは、2010年に日本を抜いて世界第2位になりました。他に、粗鋼生産量は世界シェアの約55%で第1位(インド:6.3%[第2位]/日本:6.2%[第3位];日本鉄鋼連盟:2018年12月)、自動車生産台数も約2,900万台で第1位(アメリカ:約1,000万台[第2位]/日本:約400万台[第3位];日本自動車工業会:2017年)、販売台数も中国が世界一です。自動車の生産に伴い、タイヤ、ガラスなどの生産も中国が1位。次にスマートフォン出荷台数を見てみると、中国企業が世界シェアの約3割を占めています。もちろんSamsungやAppleは強いですが、日本ではほとんど見かけない中国企業のHuawei、Xiaomi、Oppo、Transsion、Vivoが中国では約8割弱、欧州、中東、アフリカ、インドでは3~4割以上のシェアを占めています (日本:Apple:34.6%/Sharp:15.0%/Sony:12.2.6%/Kyocera:8.9%/Samsung:8.5%/その他:20.8%;三富㈱:2018年7~9月/日本のみ4~6月)。家電やカメラ、文房具などの生産も中国が1位。ただし、スマートフォンや家電などの部品は6割方日本から輸入しています。日本は、完成品は弱いですが、部品製造は圧倒的に強いのです。
次に、アメリカへの留学生数を見てみると、最近の統計では中国人は約33万人で1位、日本人は約1.9万人で9位(2位はインド)。1997年までは日本人が4.6万人で最多だったのですが、最近の若い日本人は海外に行きたがらないようです。聞くところによると”ウォシュレット”のない国には行きたくないらしく(笑)、まずアフリカや中東にはありませんし、ヨーロッパでもまだまだ完備されていません。若い人にはどんどん海外に行ってほしいものです。そして、東京大学や京都大学をはじめ、日本の多くの大学の大学院生の約6割が中国人です。もっと日本の学生が修士課程や博士課程を取って、大学の先生や研究員になってほしいものだと私は心配しています。
以上のように、モノにおいても人においても、圧倒的に中国が拡大していることがわかります。

1949年に中華人民共和国(=新中国)が成立し70年が経ったわけですが、時代を大きく3つに分けることができると思います。
<1>中華人民共和国成立(1949年~):「毛沢東モデル」の時代(計画経済の時期)=貧しさに耐える社会主義
<2>改革・開放政策決定(1978年~):「鄧小平モデル」の時代(市場経済の時期)=豊かさを求める社会主義 ≪世界の工場へ≫
<3>WTO加盟(2001年~):「中国式発展モデル」の時代=国家資本主義の時期 ≪世界の市場へ≫

そこで、よく耳にする「改革・開放」とは何なのでしょうか?
・「改革」:毛沢東時代、国家が全ての権限を握っていたものを分散。集権的な経済システムを市場経済方式の導入で分権的システムへ。利益を下の方にも与える(=放権譲利)。
・「開放」:人、モノ、カネ、情報、技術を自由化し、中国を国際分業の中に置く。国内市場と国際市場との連携を深めていく過程。
改革・開放が始まって40年が経ちますが、「開国」と言ってもいい時期が三回あります。第1の開国(1979年:改革・開放の実施)は、農村部の「伝統経済」や都市部の「統制経済」を解体し改革を始めます。また、合弁企業の認可や外国借款の受け入れをし、開放を始めます。第2の開国(1992年)は、80年代のはっきりしなかった改革・開放を促進するため、鄧小平は老体に鞭打ち、北京から離れて上海~広東省を回り、国民に社会主義市場経済の理解を促しました(=南巡講話)。また、「姓社姓資[国家の政策は社会主義なのか資本主義なのか]論」の排除、つまり市場経済の推奨や、「先富論(=経済発展の不均衡容認)」を唱えます。この頃から日本の大企業(資生堂やアサヒビール、キャノンなど)も中国へ投資を本格化します。第3の開国(2001年:WTO加盟)は、国内の規制緩和(流通、物流、金融分野の開放、貿易の自由化)や所有制構造の改革(私有財産の容認;2004年10月憲法改正)、民営企業の独立尊重と権限強化のため物権法を制定します(2007年3月)。

●発展戦略の転換
 経済学的見地から中国の発展の戦略を時代に分けてみると、
<1>80年代~90年代半ば:委託加工貿易時代といえ、中国には高度な技術もなく、廉価な膨大な労働力を売り、日本から本格的に学んだ時代といえる。日本は真剣に品質管理、生産管理、人材育成の重視などを教えた。しかし、日本経済のバブル崩壊により中国は目標とすべき相手を失う。
<2>90年代半ば~ (国内市場開拓時代):日本から学べなくなると、カネがカネを産むことを知り、投資、株、不動産などのカネの運用を米国から学ぶようになり、グローバル化、優勝劣敗、先富論を促進させた。しかし、リーマンショックが起こり、アメリカはダメだと悟り、中国は自国でやっていく方法を探る。
<3>リーマンショック後(国内開発・内需喚起の重視):比較優位論(自国産業を他国と相対的に比較し、より生産効率がよい産業を見出す)に基づく戦略から産業集積論(業種の異なる産業に関係する企業群が、一定地域に集中して立地し、内部では競争しつつ、外部に対しては団結し、競争力を発揮)に転換し、物流ネットワーク、イノベーションの重視から内需拡大、地域格差縮小、都市農村の一体化を目指す。
これらを経て、中国は2010年にGDP世界第2位になります。
日本は19世紀後半以降(明治維新、日清・日露戦争の勝利、第二次大戦後の復興など)、アジアでずっと1位だったので、どうしても中国を上から目線で見る傾向があるように思います。しかし、あの貧しかった中国がここまで発展したことを、評価しなければいけないと思います。この日本を抜いてのGDP世界第2位というのは、第1位を射程に捉えた(アメリカを抜く可能性がある)第2位であることを認識し、同じアジアの隣邦として称賛しなければいけないと思います。
ただ、日本を含めたアジア諸国は、中国市場を活用・利用しようとは考えていますが、学ぼう、尊敬しようとする気持ちは起こっていません。その理由として、<1>経済事象(偽物の横行、理不尽な商標登録、食品の安全性欠落、法規の統一性・規範性の欠如、知財の侵害など)、<2>政治事象(制度としての民主、権利としての自由が基本的に保障されていない、三権分立国家でない、ウルムチやチベットなど不完全な少数民族自治)、<3>社会事象(腐敗汚職、犯罪の蔓延、社会主義を標榜しながら極端な所得不公平と貧富の格差、公共道徳・衛生観念が弱い→中国のいう「文明」の希薄)などがあげられます。
しかし、中国経済から学ぶべきものはあると考えます。これは日本に欠落しているものです。
<1>VITALITY(活発さ):日本の経営者は60代以上の人が多いが、中国では30~40代が中心である
<2>SPEED(意思決定の速さ):日本は企業でも行政でも結論を出すのに時間がかかるが、中国は意思決定が速い
<3>FLEXIBILITY(融通性):日本は一旦決めたことを変えようとしないが、中国では臨機応変に対応する。これは欧米諸国も同じで、日本だけができないでいる
<4>WOMEN(女性の活用):最近、日本でも盛んに言われるようになってきたが、電車の運転手から会社の役員、国会議員・市長の数を見ても中国にはぜんぜん追いついていない
<5>STRATEGY(戦略):日本は短期的な考え方である”戦術”は強いが、中国は長期的な考え方である”戦略”的思考が強い

●中国経済の質的変化
 現在、世界経済で重要なのは、IT産業やコンピュータなどのデータを誰が支配するかということですが、まさに中国はデジタルエコノミー(コンピュータによる情報処理技術によって生み出された経済現象)が主体となっています。例えば、データ支配の中核企業であるテンセント(深圳にある会社)、アリババ2社の合計株式時価総額は106兆円(2018年2月末)で、日本の東証一部上位10社を合わせても株式時価総額95.8兆円(2018年4月6日)です。
また、モノづくりにおいて日本が強いことは世界が認めるところですが、中国もモノづくりをしっかりしようと2015年から力を入れ出しました。その政策は「中国製造2025(今後10年間の製造業発展のロードマップ)」と”創新(新しくモノを生み出そう≒イノベーション)”です。日本が得意とするモノづくりでも中国はがんばっています。例えば、第44回国際技能競技大会(技能五輪国際大会/アラブ首長国連邦・アブダビ;2017年)において、金メダル獲得数は中国15個(1位)、日本3個(9位)でした。第45回大会(ロシア・カザン;2019年)は、中国16個(1位)、日本2個(7位)。今でも松下幸之助氏や、京セラ創業者の稲盛和夫氏の本を読んで勉強し、工場などでそれを実践、その報告会を開くなど、実際のモノづくりでも力を増してきていることがわかります。
研究・学術分野においても今やアジアの大学1位は東京大学ではなく、清華大学や北京大学であります。

●改革・開放40年で変化したこと
<1>経済規模の巨大化:貿易・投資で世界市場を領導。この40年間で、GDP名目値は245倍、1人当たり名目値は68倍で、年平均9.5%以上の成長になり、これは日本の高度経済成長期(1950年代~70年代)とほぼ同じ。また、2016年10月にIMF(国際通貨基金)のSDR(特別引き出し権)構成通貨として人民元の国際化が認められ、国際経済との緊密化すなわちグローバル化が拡大しました。”世界の工場”と言われた1980年代~90年代は、例えば日本の100円ショップやニューヨークのお土産物などのほとんどがmade in Chinaで、豊富で廉価な労働力による輸出品の製造基地だつた。現在でもアフリカ諸国やカンボジア、ラオスなどはほとんどのモノがmade in China。今世紀に入り、所得向上によりお金を持つようになった多くの国民がモノを購入するようになり(購買力は世界一)、中国で作って中国で売る、または外国で作ったものを中国で売るという”世界の市場”となった。このことは世界経済に相当影響を与えている。
<2>軍事力の強大化:軍事費はこの40年間で50倍に。軍事力世界1位はアメリカ(軍事力指数:0.0818)、2位ロシア(軍事力指数:0.0841)、3位が中国(軍事力指数:0.0852)。日本は8位(軍事力指数:0.2107)。1位のアメリカと比較してみると、”兵員”は中国269万:米国208万/”航空戦力”は中国3035:米国1万3362/”戦闘機”は中国1125:米国1962/”戦車”は中国7716:米国5884/”主要艦艇”は中国714(航空母艦1隻):米国415(航空母艦20隻)/”軍事予算”は中国約19兆4000億円[2019年]:米国約80兆円(Global Firepower:2018)
<3>IT、デジタル技術の向上:ネット通販、スマホ決済(現在一番進んでいるのが韓国、次に中国。日本は圧倒的に遅れている)、電気自動車、ドローン(世界の6~7割が中国製)、高速鉄道(総延長は新幹線の約10倍)、ユニコーン企業(企業評価額が10億ドル以上の非上場のベンチャー企業/世界で約260社あると言われており、ほとんどが米中の会社。日本は1社のみ)、5G情報通信インフラ(現在の4G基地局を変える力を中国は持っている)、社会信用システム(個人の信用を採点するシステムの導入:善い行いにはポイントを加点し、違法行為や不道徳行為などには減点するなどの格付けがなされている=監視社会、管理社会)など。
<4>グローバルな政策を提示:国際的なパワーバランスの変化により、Gゼロ(主要先進国であるG7や新興国を加えたG20が機能しない、主導国のない世界)の時代と認識しており、「中国の特色ある大国外交」として、冷戦思考の放棄を迫る「人類運命共同体」を提示(第18回党大会:2012年)。また、「米中新型大国関係」を米国に提案するも、太平洋を米中で分割するなどは、米国が拒否。注目すべきは 一帯一路(One Belt One Road Initiative)を2014年11月に提唱したことです。現代版シルクロード経済圏構想とよばれる。”一帯”とは、中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパへと続く「シルクロード経済ベルト」を指し、”一路”とは中国沿岸部から東南アジア、スリランカ、アラビア半島の沿岸部、アフリカ東岸を結ぶ「21世紀海上シルクロード」を指す。これは、ユーラシア大陸全体を繋いで、物流を整備し貿易の促進を図ることを目指している。しかし実現にはお金が必要なので、金融面での支援機構として”BRICS開発銀行(NDB:2014年7月発足)”や”アジアインフラ投資銀行(AIIB:2016年1月発足)”などを立ち上げた。日米はこれらには参加していないが、アジアやヨーロッパ諸国は参加。
<5>中国の強国化・大国化路線へ転換:「中国の夢(アヘン戦争、日清戦争での敗北の屈辱を晴らし、明時代[=漢民族支配]の繁栄と清時代の領土をも合わせた巨大な領土など、中華民族の偉大な復興の実現/習近平政権の基本はナショナリズム)」を提唱。歴史上の大国に共通しているのは大海軍を保有しているとのことから海軍力の強化も目指し、6か国・地域(中国、台湾、ベトナム、フィリピン、ブルネイ、マレーシア)が領有権を主張する南シナ海へ強硬に進出。スプラトリー(南沙)諸島では、7つの岩礁を島でないのに島を造り要塞化している。中国人民の感情はかつての排外主義からナショナリズムへ、狭い利己主義から国家主義へ変化してきた。
中国のこれまでの巨大な変化の原動力は”経済発展”があったからこそ。膨大で安価な労働力は、都市部の経済発展を支え、海外からの外資導入の動機付けになりました。その労働力とは、都市部に住む地方から来た”農民工”とその家族(権利がほとんどなく、都市戸籍ではない)で、約2億7750万人いる(2015年統計)と言われています。また、80年代・90年代は高度蓄積を目指して設備投資・公共投資(=資本形成)と輸出に傾注し、今世紀からは消費が大きなファクターを占めるようになりました。こうして総需要(消費・投資・輸出)を喚起し、生産-分配-消費の経済循環が活性化されました。
今世紀に入り産業構造の変化と大衆消費社会の登場で、新たな段階に突入したと言えます。まず、2013年にGDP比で第三次産業が第二次産業を抜きます。第三次産業就業者は40%以上で、経済のソフト化、マネーサプライ(通貨供給量)の増加がうかがえます。また、”消費社会”を生み出す起因である都市化が進み、大衆の収入が増えたことにより豊かさが拡大。総人口の半分が”小康生活水準(暮らし向きがまずまずである)”となり、今までの「モノ消費」から旅行や映画・演劇の鑑賞などの「コト消費」へ変わってきています。

●改革・開放40年で変化しなかったこと⇒共産党の一党独裁
<1>中国は社会主義国家か?:一般的に”社会主義”の条件を考える上では三つの基準がある。一つは「計画経済」で、中国はこれを1992年に放棄し、”社会主義市場経済”を標榜。二つ目は「生産手段の公有制」であり、2004年に私有財産を憲法で容認した。三つ目は「分配の公平性」だが、中国のジニ係数は0.5以上あり(1に近づくほど不平等で、0.5はジンバブエやマラウイとほぼ同じ。日本は0.3くらい)、平等を目指すのが社会主義だが、極端な不平等国家である。これらを見ると、果たして”社会主義”と言えるのだろうか。
<2>中国国民は共産党政権を支持しているのか?:言論、表現、結社の自由はないが、金持ちになることだけの”自由”は与えられている(つまり政府に文句を言わなければ金儲けはやってもいい)。また、アヘン戦争や日清戦争以来の歴史的屈辱を雪ぐこと、即ちナショナリズムの高揚は国民は支持している。さらに日本人にはわかりづらいが、19世紀以来、アヘン戦争の混乱から文化大革命などの圧迫・混乱などを経て、国民は「社会的安定」を一番求めており、それを保証する物理的安全弁として共産党独裁を必要悪として容認している。
<3>中国共産党の権力維持のため何から学んできたか?:第一は、1989年に起こった「6.4天安門事件」。国民はマルクス・レーニン主義や毛沢東思想を信じていないし、知らない人も多い。それでは共産党政権が危うくなるので、権力を維持し、日本と戦ったのは国民党ではなく共産党なのだと正統性を謳い、悪いのはすべて日本だと、6.4天安門事件から偏狭な歴史教育の実施と愛国主義を鼓舞し始めた。第二は、1991年の「ソ連崩壊」。中ソは同盟国であったが”中ソ論争”で30年間ケンカをしており、ソ連は中国にとっては質の悪い兄のような存在。とは言っても党・政治の制度は同じなのでソ連崩壊は大ショックであり、中国版ゴルバチョフやエリツィンの排出を阻止するため”太子党(中国共産党内の高級幹部子弟を指す。習近平はその筆頭格)”を育成することを決めた。ソ連崩壊のもう一つの原因として”貧しさ”があげられ、その回避のためオープン社会にして、日本に学び、米国とは(まだ勝てないので)ケンカしないよう我慢することを決めた。第三は、「(第二次大戦後の)日本の経済発展とバブル崩壊」→アジアで最初に先進国になった日本をものすごく研究。政府主導の経済成長で、国内企業の保護、国内市場の漸進的開放、金融政策の統制など。さらに、香港・台湾・東南アジア華僑の経済力を活用、9.11以後の米国の弱体化を利用して経済力をつけてきた。

●中国共産党独裁の分析
<1>党の2つの性格:マルクス・レーニン主義と民族主義の合体。民族主義の伝統は、国家の保全、民族の解放、社会の安定、吃飯問題(誰がメシを食わせるのかという問題。第7回党大会)に表れており、西欧民主主義を忌避する土壌が生まれる。党=国家・民族の同一観念が醸成。
<2>党組織:中央集権的であるが、中国王朝の伝統が影響(縦割り構造=横の連絡は弱く、上を向いて仕事)しており、共産党王朝とも言われる。党内教育は万全かつ人材育成は熱心であるが、社会の公的学校教育は軽視(これは明治期の日本と全く違う)。党組織の透明度は欠如しており、近代的上下関係の組織ではない。
<3>党の政策決定:短期と長期の重層的視点による立案は、社会的利益と整合するか気にしている。民主国家のように立法、行政との権限・権力の分散がないので人治がものをいう。そのため時には権力闘争に発展する。党中央が常に指導しやすい方策を採用するので、ベクトルは党中央に向く。
<4>開発独裁(急速な近代化達成のため、権威主義的な開発政策と強権政治からなる体制)ではない:個人や軍部の支配ではなく党の支配であるが、代議制民主主義を拒否するのは開発独裁(国民生活が犠牲になろうとも、経済発展が最優先する政策)と同じ。
<5>独裁の維持:選挙で選出された政党ではないので、権力維持の正当性は人民に対する利益還元と自尊心の高揚が中心となる。改革・開放40年の成果は人民に利益還元されているが、まだ格差は厳しいので自尊心を高揚させる”中国の夢”を追求せざるを得ない。そのため覇権主義は拡張すると予測する。ソ連瓦解に約70年かかった。今年は新中国成立70周年なので、中国共産党はとても神経質になっている。その回避のため「二つの百年(*1)」が重視される⇒米国以上の大国を目指すとトゥキディデスの罠(過去500年間の覇権争い16事例のうち、12は戦争に発展したが、20世紀初頭の英米関係や冷戦など4事例では、新旧大国の譲歩により戦争を回避した)に陥る危険がある。
(*1)中国共産党成立100年に当たる2021年にGDPと都市・農村部住民の所得を2010年比で倍増。中華人民共和国成立100年を迎える2049年に富強・民主・文明・調和をかなえた社会主義現代強国の建設を達成。「二つの百年」の目標実現は「中国の夢」実現の基礎。

●何が醸成できなかったか(社会主義市場経済の限界)
<1>「市民革命」:制度としての”民主”、権利としての”自由”、国家から独立した個人の確立(”人権”)を経験せず、清朝崩壊後、普通選挙実現の運動なども経験せず、前衛主義の共産党が権力の中枢に来た。参政権のない中国人民は「市民」ではない。香港での市民・学生の抗議活動の基本は自由・人権運動なので反中国(Chinazi[チャイナチ])を掲げることになる。  
<2>「産業革命」:労働は金儲けだけでなく社会に貢献するという(渋沢栄一の「論語と算盤」参考)、労働に対する倫理性と合理性、公私峻別、近代的企業の使命と道義、法治主義などの欠落。

●中国社会の特質
<1>中国を規定する三大要素:「国土が広い」「人口が多い」「歴史が長い」。このため物事が全て複雑になるので、複雑な物事のスムーズな解決法として時間をかける方策を取る。斬進主義、試行主義、追認主義、灰色決着。それが共産党が失敗しない方法
<2>相違する経済的・文化的発展レベルの併存(分散プリズムの如し):”腐敗した清朝末期”・”超国家主義に向かう1930年代の日本”・”高度経済成長期の日本”の三つの時代的様相が混在しており、そのため中国内部は不安定でカオス。内部を隠すために外部には強硬対応に出る。
<3>先進国と違う発展パターン(ガーシェンクロンの後発性のメリット[先進国が開発した技術や知識、開発政策の経験を早い時期から利用できるため急速な経済発展が可能/英国が200年かかった産業革命を日本は50年でやってしまう]):「汽車」⇒地下鉄+高速鉄道(日本は、汽車⇒私鉄・市電⇒地下鉄⇒新幹線)/「固定電話」⇒携帯電話⇒スマホ(日本は、固定電話⇒公衆電話⇒携帯電話⇒スマホ)
<4>人治主義:法規範などの社会規範を尊重しないで、有能な人物の裁量や裁断を中心に治める考え方。中国は市民社会でなく、専制遺制[支配者が独断で思うままに事を処理する昔の制度が現在も残る]のため、共産党の決定が法体系を超越。
<5>外部から見れない中国を理解する四つの社会制度:①「戸口」(戸籍/都市戸籍と農民戸籍がある)②「単位」(共同体[ゲマインシャフト]≒企業/給料をもらうだけでないコミュニティ) ③「档案」(身上調書/出身民族をはじめ、幼稚園頃からの成績や出来事なども記載。档案担当者が記入。本人は見られない-支配する側は利用しやすい) ④「関係」(身内・同郷-身内を一番大事にする。外部の人間でも認められると信頼関係が築ける)

●中国人性格の一般的特性
<1>共産党支配の悪しき精神的影響:①1950年代(大躍進時代):上に対して嘘をつく ②1960年代(文化大革命):人を信用しない ③1980年代(外資導入政策):人を利用する
<2>一般的性格(参考:魯迅「阿Q正伝」、柏楊「醜い中国人」/利発で忍耐強くバイタリティ溢れたコスモポリタン民族):①団結力が弱い:個人主義、内輪もめが多い ②短期的成果にこだわる:スピード重視、一旦失敗すると諦めが早い、個人的に動く動機はカネor地位 ③メンツを重んじる:自己主張が強い(席次等を決めるときは細心の注意を払わなければならない)、うわべ重視 ④宗教的倫理感が弱い:実利的で現実的 ⑤血縁、身内は大切にする:”関係”になれば任侠的/組織への帰属意識は弱い ⑥政治的にふるまう:敵or味方、損or得が明確
<3>中国人は日本人をどうみているか:プラスイメージ→勤勉、清潔、礼儀を重んじる、規則を守る、時間観念が強い、新しいものをすぐ取り入れる、団体主義、等級観念が強い、過程重視etc./マイナスイメージ→形式主義、男性中心、慎重すぎる、融通性がない、結果を重視しない、民族的優越感、スピードが遅い、何でもパターン化、依頼心が強いetc.

●今後の中国経済は期待できるか
中国はこれからまだ発展すると予測する。その要因の中の新しいものとして、①第三次産業の発展、②戦略的新興産業(新素材、電気自動車、バイオなど)の発展、③海外戦略に力を入れていることがあげられます。あと20年くらいは発展の要素はあると見ています。ただし、その抵抗勢力として、格差の温床となっている国有企業の問題や、巨額債務の温床となっている地方政府の問題があります。
<1>2020年~30年頃までの見通し:経済成長は6%くらいまで下降。国内消費は堅調。公共投資も拡充。貿易、投資の海外依存率は上昇と予測。人民元の国際化が促進。
<2>中長期の課題:一つは「人口オーナス(全人口に占める生産人口の比率が低下し、財政・経済にとってマイナスに作用する状態)」の時代→一人っ子政策の結果として高齢化が進み、日本以上に低い合計特殊出生率(中国:1.03、日本:1.43、韓国:1.05;2017年)が問題に。日本は1960年代から不完全ながらも社会保障制度がしっかりしているが、中国は農民戸籍には年金が無く、都市戸籍でも他都市では健康保険が使えないなど様々な制度的欠陥があり、今後これらが深刻化してくるだろう。二つ目は「中所得国の罠(先進国入りを前に成長が停滞)」→アジアでは、日本、韓国、台湾、香港、シンガポールが先進国入りしていますが、中国はどうしてもまだ先進国入りできていない(同様の国として、アルゼンチン、メキシコ、ペルーなど)→要素生産性が低く、縁故経済(クローニー経済)・地下経済(アングラ経済)が蔓延。また、拝金主義・権力に近いものが儲かる仕組み等の社会的連帯感の喪失が考えられます。

タイムリーで興味深い内容で、時間内では収まりきらないくらい盛りだくさんでした。
最後に、「中国は大変様変わりしています。日本の若い人に、もっと中国を見てほしいと思います!」と締めくくられました。

質疑応答では、清華大学に1年ほど留学されていた高68期の方から「中国で生活して、共産主義国家なのに資本主義国家のようだと感じた。これからポスト資本主義社会と言われているが、日本はGDPを抜かれた今、どのような身の振り方をすればよいと思われるか?」との質問に、「数字だけを見るのでなく、日本は環境問題・核廃絶問題・少子高齢化問題を率先してやっていくとよいと思う。お互いを理解するため、まずは交流を深めることが大切。もっと若い方たちが中心となって交流していってほしい!」と答えられました。他に、中国の戸籍についての質問に、より詳しくお答えくださいました。

講演後はケーキとお茶で親睦を深め、“生徒歌”を歌って散会となりました。
次回の講演は、来年(2020年)3月14日(土)午後1時から、ボーカリスト・作詞家としてご活躍の坂尻和貴子氏(高42期)による『初心者の為のナチュラルボイストレーニング ─自然の声でのびのび歌おう─』と題し、ご講演とストレッチを含むボーカル実践トレーニングを行います。たくさんのご参加をお待ちしております。
  

広報委員会
杉原元美(高36期)